2013年1月19日土曜日

明日を落としても

つらい事ばかりで
心も枯れて
あきらめるのにも慣れて

したい事も無くて
する気も無いなら
無理して生きてる事も無い

明日を落としても誰も
拾ってくれないよ
それでいいよ

機械みたいな声で
サヨナラされて
それでも何か傷ついて
誰も愛せなくて
愛されないなら
無理して生きてる事も無い

そう言って
うまくすり抜けて
そう言って
うまくごまかして
そう言って
楽になれる事
そう言って
いつのまにか気付いていた



翌日で「あきらめないほうが 奇跡にもっと近づくように」と叫んでいたはずなのに
「無理して生きてる事もない」とまるで正反対のようなことを言っている。



「そう言って」は
Do you wanna die?(死にたいのか?)とあるように
死を連想する言動のことだと思う。
 
それは自傷行為だったり、ただ単に「死にたい」と呟くことだったり、
または死にたいことをアピールすることで同情誘うことかもしれない。
 
いずれにせよ、そのような言動をすることによって
うまくすり抜けられたり、 うまくごまかしたりして楽になれる。
 
  
じゃあ本当に
Do you wanna die?(死にたいのか?)
と問われたらどうなんだ?というのが本題だろう。
 
 
「死にたい」「消えたい」
と思うことで気が楽になったことは多くある。
 
仮想自殺。死にたいふりをすることで
すっと楽になれるが
それが癖になると本当に死にたいんじゃないかという思いに支配されることがある。
 
 
でも本当に死にたいの?
 
YES→なら無理して生きてることないさ
NO→まだやれるんじゃない?
 

 
精神不弾力の落ちこぼれの鬱曲みたいに言われることもあるけども
甘えてんじゃねえ!という強い意思も感じられる曲。
 
「明日を落としても」というタイトルも
死んでも誰も気にかけてくれないんだろうなという悲壮な見方と
明日がダメでもまだ…というポジティブな見方ができる。
 
 
FREE THROW
1曲目の「翌日」
その歌詞の中で「明日に変わる意味を」というフレーズがある。 
 
それって「明日を落としても」につながってると思うんだよなぁ。
つまり、明日がダメでも翌日。 

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