2013年1月9日水曜日

翌日

嘘から抜け落ちた
裸の様な目で
美しいままの想像で

ふがい無いまま僕が
受け入れるべきもの今
形に起こせないすべて

急いで 人混みに染まって
あきらめない方が 奇跡にもっと 近づく様に

喧噪も 待ちぼうけの日々も
後ろ側でそっと 見守っている 明日に変わる 意味を


Syrup16gは一発目にコレを持ってきた。

Syrup16gを聴き込んだ人ならわかると思うが、Syrup16gが評価されているのは暗い曲ばかりである。その気色悪さからメンヘラ御用達バンドなんて言い方をされることもある。
そういう先入観を持った人達がこの曲を聴くと、このバンドのことをちょっとだけ見直すだろう。

あきらめない方が 奇跡にもっと 近づく様に

この一片だけをみてわかるように翌日は前向きで明るい曲である。
それも狂気的な明るさでなく、普通の明るい曲調で、凝った歌い方でもなく、純粋な気持ちが伝わってくるイイ曲だ。

純粋と表現したが、Syrup16gは暗喩(メタファー)や言葉遊びを多用するスタイルで、歌詞をそのまま受け入れるのは早計だ。
しかし、翌日ではパッと見る限りそういう表現は見つからない。固有名詞もない。
私はこの歌詞をストレートに受け取ることにした。

翌日の歌詞はわかりづらい。
主語述語がはっきりせず、抽象的でしっくりこない表現が多い。

嘘から抜け落ちた
裸の様な目で
美しいままの想像で

はじめの一節でもう純粋な感じがする。
「嘘から抜け落ちた」が「裸の様な目」にかかっているとするなら
きっと何かバイアスかかってみていたものがなくなり、裸、ありのままの目で…ということになる。

「美しいままの想像で」は幸せバイアスかかっている理想という捉え方もできるし、それとは別に「想像でもイージャナイ(・∀・)」的な開き直りの捉え方もできる。

ふがい無いまま僕が
受け入れるべきもの今
形に起こせないすべて

「ふがいない僕」という主人公がようやくでてくるが、これはおそらく作詞の五十嵐のことだろう。
「受け入れるべきもの今」は「べき」という表現が気になる。
他に選択肢がない、「当然の義務を仕方なく受け入れる」的な諦観と
それと知りつつそれを受け入れる覚悟も感じられる。
「形に起こせないすべて」は言葉のままだと思う。
物ではなくモノ。感情や決意など。


そしてここからサビに入る。

急いで 人混みに染まって
あきらめない方が 奇跡にもっと 近づく様に

人混みは一般人のことだろうか。五十嵐は後に出す曲で、そういう人達を「雑踏」と表現した。
それに「染まって」というのだから、「一般人になって」ということだろうか。
これは今の「ふがいない僕」が集団に馴染めない痛い奴のようにみえる。

後の「天才」という曲では
”遊ばない カラまない 力合わせたくない”
「汚れたいだけ」では
”小学5年から 人生なめくさってんだ”

という表現がある。これをそのまま信じるならば、作詞Voの五十嵐は自閉症の子供で 人付き合いが苦手で、昔から孤独感を味わってきたのではないかと思う。
違和感、疎外感が怒りになり、それが社会に向かっていくのはわりとよくあることである。
きっと彼は、その社会への怒りが、自分とは違う普通の人に向かい
人混み
という突き放した言い方になったのではなかろうか。

次の「あきらめない方が 奇跡にもっと~」という言い方は、こういう人が言うと皮肉っぽい。
 でも、前の節で

受け入れるべきもの今
形に起こせない”すべて”

と言っている。
人混みになるべく すべてを受け入れるしかない…という覚悟が感ぜられる。

喧噪も 待ちぼうけの日々も
後ろ側でそっと 見守っている 明日に変わる 意味を

最後の節。
「喧噪」とは騒がしいことである。
「都会の喧噪」 を離れて~という言い方はよくみる。
ここでの喧噪とは、まさしく「人混み」のことで、
待ちぼうけはそれと正反対の孤独のことだろう。
【これからの自分(人混み)も、これまでの自分(孤独)の日々も】

明日に変わる意味とは、曲名翌日でしょう。
 明日と翌日は微妙に意味が異なります。

「明日」は、今日を基準に 明くる日(日付的に次の日)もしくは近い未来。
「翌日」は、基準日の次の日。 

受け身のまま訪れる次の日ではなく、基準を超えて訪れる次の日という表現のほうが洒落ていて前向きだ。
 

後ろ側でそっと 見守っている

明日がくると、今日は過去になる。
現在というのが前に進んでいるということなら、過去は後ろにあるものだ。

喧噪も待ちぼうけの日々も過去で見守っている。
見守っているという言い方に敵意は感じない。

それは、人混みに混じる日も、孤独だった日々も、すべて過去になり
決して悪い思い出ではなかったということを意味することではないだろうか。


この曲、この歌詞は
孤独な自分がすべてを受け入れて社会に溶け込んでいくことと、
それすらも過去になる翌日を歌った未来の未来の曲であることを示している。
という結論になった。

考察を要約すると、

嘘から抜け落ちた
裸の様な目で
美しいままの想像で
まぁ難しく考えず楽に考えてよ 

ふがい無いまま僕が
受け入れるべきもの今
形に起こせないすべて
だらしない僕はすべてを受け入れますよ

急いで 人混みに染まって
あきらめない方が 奇跡にもっと 近づく様に
みんなに溶け込みますよ
努力したほうがいい結果に近づきますもんね 

喧噪も 待ちぼうけの日々も
後ろ側でそっと 見守っている 明日に変わる 意味を
昔のことも、これからのことも、
すべて僕の糧になるでしょうね
僕が言ってるのは明日じゃなくて翌日ですから


ってことになったけど、考察はいろいろだからね。
少ししたらまた違う見方ができるかも。
    

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